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調べてみよう石油の活躍

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優秀作品賞

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審査委員長賞

新潟で学んだ石油の大切さ新潟で学んだ石油の大切さ

東京都 国立学園小学校 5年

成田 創

東京都 国立学園小学校 5年

成田 創

ぼくは、夏休みに新潟県の新津という明治時代と大正時代を中心に、日本一の石油の産出量があった場所を見学しました。

それまで、石油は地球上の限りある資源であり、あと何十年かすればなくなってしまうということなどは、学校で学んで知っていました。しかし、新津に行き、石油について気をつけられることはまだまだあることに気がつきました。

学校で、石油には、大きく分けて三つの働きがあると習いました。一つ目は、自動車などの動力。二つ目は、ストーブなどの熱。三つ目は、プラスチックなどの原料です。ふだん車に乗ったり、ストーブで暖かくなったり、服を着ているのも、石油のおかげです。燃料や日用品の原料の中の大部分であり、たくさんの使い道がある石油は、大切に使おうという意識はあっても、石油から作られた日用品などを大切にするような行動はあまりできていませんでした。「便利だし、まだ石油はなくならないんでしょ。少しくらいたくさん使ったって、平気だよね。」なんて言っていると、何十年か後には、石油は無くなってしまいます。

今回、新津に行って、石油を掘るための苦労や工夫について学びました。江戸時代から明治時代の始めまでは、井戸を掘るように、一人が手で掘り、石油がある地下百メートルまでおりて、石油を採っていました。この方法は、穴の中で下からの地熱やガス中毒の危険があり穴で生き埋めになる惨事も起きていました。新津では、地盤が弱く、水がたくさん出てしまい手掘りでは失敗が多かったそうです。

その後、千葉県の井戸掘りで使う上総掘りという方法を利用し、竹の弾力と人力で、三百五十メートルまで掘ることができるようになりました。この方法は、手掘りより安全で多くの石油が採れました。新津は、この方法の成功により、石油の産出量が日本一になり、街が大発展したそうです。

さらに時代が進むと、綱式機械掘りというアメリカの技術を使い、さらに石油が掘れるようになりました。今でも、当時のやぐらが残っています。

ぼくは、今のとても発展した石油を採る技術に至るまでに、たくさんの人々の言葉に表せないほどの苦労や、色々な工夫がなければ、今のように石油を安全に掘ることができなかったと思います。たくさんの人がそれほどがんばって石油を掘っているのであれば、今の時代のぼく達が石油を大切に使うのは当たり前だと思います。エアコンの温度を一度でも上げたりと、まだまだ気をつけられることはたくさんあると新潟で学んで思いました。

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