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調べてみよう石油の活躍

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審査員特別賞

審査員特別賞

東日本大震災「石油に感謝」東日本大震災「石油に感謝」

三重県 鈴鹿市立椿小学校 6年

髙野 莉子

三重県 鈴鹿市立椿小学校 6年

髙野 莉子

「ストーブ切るぞ。」
と、おじいちゃんが言い、ストーブを切った。タンクを持ち上げ、外に出ていった。灯油を入れにいくのだ。その時、とても寒く感じた事を覚えている。

二○一一年三月十一日、東日本大震災。大きな地震や津波があったため、多くの人々が被害にあった。とても、日本で起こったとは思えない事だった。だが、そこで活やくしたのは、「石油」だったのだ。避難所では、被害にあった人々が石油ストーブで体を温めていた。私は、この石油と東日本大震災の関係を調べてみることにした。

東日本大震災の時に起きた地震は、国内観測史上最大だったという。その後に発生した津波の影響で、東北地方の石油関係の設備にも大きな被害が出た。そのため、しばらくの間、石油を効率的に運ぶことができなくなってしまった。

それから六日後。宮城県の油そう所が復旧した。また、三月二十一日には、タンカーが入れるようになり、大量の石油を運べるようになった。地震や津波の影響で、ガスや電気が使えなくても、石油が作った一つの光で、たくさんの人々の心と体を温め、支えることができたのだ。さすが石油だと思った。

東日本大震災が発生した宮城県では、自動で灯油などを給油することができなかった。そのため、人の手で給油しなければならなかった。その時、石油と一緒にがんばってくれた人たちがいた。私は、その人たちにも感謝しなければならないと思った。

だが、その石油の命にも限界があるとニュースで聞いた事がある。石油は、私たちを支えてくれたのだから、次は私が石油を大切にしなければならないと思った。私は、どうやったら石油を助ける事ができるのかを考えてみることにした。まず、私にできる身近な事は、水道を出しっぱなしにしない事と、ガスコンロの火を強くしすぎない事。石油は、電気やガスを作る時にも使われているそうだ。これから、おふろに入る時や料理をする時に、意識して少しでも石油を助けてあげたいと思った。

あの東日本大震災で多くの人々が被害にあった。だが、その人々を支えたのは石油だった。さらには、私の心と体も温めてくれた。私は、そんな石油に感謝してずっとずっと大切にしていきたいと思った。

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