七月の暑い日に庭の枯れた松の木を切りました。この松の木は祖父が植えた木で、ぼくの部屋に木陰を作ってくれていた木です。木を切るとき植木屋さんはお酒をまき、手を合わせてから切っていました。切りたおした後、休けいしている植木屋さんに松の木が枯れたわけを聞いてみると、年をとって弱っていたのと、酸性雨のせいだと教えてくれました。
酸性雨というのは、石油が燃えたときに出るガスが酸素と結びついて出来るもので、木を枯らす力があるそうです。
石油が燃えるとき出るものは他にもあります。水蒸気と二酸化炭素です。たとえば重油を一リットル燃やすと、千二百リットルの水蒸気と、千五百リットルの二酸化炭素が出るそうです。この二酸化炭素は、地球温暖化の原因になっているので、今はすっかり悪者にされている気体です。しかし考えてみると、人間も呼吸によって二酸化炭素を出しているのです。環境を守りたいと思っても、一分間も息を止めていると苦しくてたまりません。また周りを見るとどうでしょう。自動車、暖房器具、化学せんいやプラスティックなどにあふれ、石油を燃やさなければ社会を支えることは、とても出来そうにありません。
きちんと覚えておくべきことは、二酸化炭素を出すことが悪いのではなく、環境を考えながら石油を使うことが大切だということです。それは「やせがまんをしなさい」ということではなく、石油や資源がむだに使われていないかふり返ることや、節約できることはないか、ときどき考えることだと思うのです。
石油は、地球が四十六億年の時間をかけて準備してくれたプレゼントです。石油のおかげで、人間の暮らしはずいぶん便利で安全なものになりました。しかし、このプレゼントは決して無限ではありません。今、使われている調子で石油を使い続けると、四十年ぐらいで使い切ってしまいます。新しい油田の発見や石油を掘る技術が進んだため、ここしばらくは四十年という年月は変わっていませんが、石油を賢く使わなくてはいけない事に変わりはありません。そしてその賢さは、石油があるうちに、次のエネルギーの準備をすることだとぼくは思います。そのためにも、自然エネルギーや生物燃料の研究がますます進み、身近なものになればいいなぁと思います。そして、利用するエネルギーの種類が変わるだけでなく、その使われ方も見直され、将来を支えるエネルギーが、人にも、地球にも、未来にもやさしいエネルギーになってほしいと願っています。
限りある石油資源。今の時代に生きているぼくたちだけで石油を使い切ってしまうと、ぼくたちは子孫にしかられてしまします。そうならないためにも、ぼくは自分に出来ることを見つけ出し、しっかりと続けていきたいと思います。
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