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「ぼくは、夏休みに新潟県のおばあちゃんの家に行きました。車で二十分ぐらいの所に「石油の里」(新津市)という所があり、そこに見学に行きました。そこには、石油を掘り出すための道具や資料がありました。
石油はすべて輸入していて日本ではとれないと思っていたけどこの「石油の里」では昔、日本一の産油量だったということです。六六八年に「燃える土」と「燃える水」が近江大津宮というところへ献上されたと日本書紀という古い本に書かれているということです。ここで「燃える土」は石炭、「燃える水」は石油のことだと考えられています。
新潟では昔から石油がとれていたことがこれで分かります。この石油を掘り出すには、井戸みたいに穴を掘るのですが「手掘り」といって道具を使い手で掘っていましがた千葉県の「上総堀り」(これは井戸や温泉を掘るための方法)というで油田開発が発展し、明治時代から大正時代にかけて日本一の産油量となったのが新津油田です。
ちなみに「手掘り」では百メートルぐらいの深さであったのが「上総掘り」では三五十メートルぐらいまで掘れたということです。昔は石油を掘っていましたが今は掘っていません。
その理由は海外の石油のほうが質が良くて安いからだと思います。ぼくは日本で良い石油がいっぱいとれればいいと思います。
「石油の里」には石油から作られる物も置いてありました。石油からはプラスチック、ペットボトル、洋服、くつ、化しょう品、薬品、ペンキ、化学肥料、壁材などが作られており、ぼくたちの身のまわりには石油を原料としたものがたくさんあることがわかりました。
電気も車も石油が必要で人間にとって石油はなくてはならないものとなっています。だけど石油には限りあっていずれなくなってしまうということです。ぼくは石油がなくなってほしくないです。だから月に行って探したいです。
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